自由と責任と許容

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自由には責任が伴う。
これって当たり前のことだと思います。
では自由は何かと考えたとき、

自分で判断できる状態だと思います。
その判断というのは、

そのコミュニティにおけるルールだったり、
規律だったりをもとにすると思います。

例えば、ハンドボール部に入っている。
学校に通っている。
日本に住んでいるというなかで、
ハンドボール部の規則もあるだろうし、
校則だってあるし、日本国憲法もある。

その範囲内で自分で判断できる部分が自由ですよね。

その判断ですが、自分で判断したんだから責任が伴います。
立場が上になると、自由度が高くなります。
その分、判断することが多くなります。
だから、その判断に対する責任を負っていなければなりません。

当たり前ですね。

最近はよく言います。
自由には責任が伴う。
自分で判断できるからこそ自由だ。
判断できずに、言われたことしかできないならそれは自由ではないと思います。

だから自分の判断、自由を大切にしてもらいたい。
が、それには責任が伴う。
自分の判断でやるんだから、そのやったことに関しては責任ももってくれないと困る。
そこにはペナルティも発生する。

だけれども、ミスの許されない自由は本当の自由ではない気がします

もちろん、ハンドボールと常識の範囲内で。
ミスの許されない環境だと誰もミスをしない方向に流れます。
ノープレイ、ノーエラーというつまらない集団になってしまいます。
自分の判断に責任を持つことは大事ですが、

もしミスをしてもそれを受け入れる度量がないと自由を与えてはいけない気がします。

だから、規律でがんじがらめにした方がチーム作りは早いです。
我々は何処かの半島の北方ではないですから、特に高校生まではミスを許せる大人でいたいですよね。

我々が生きている多くのコミュニティでは、
ミスが許されるべきだと思うのです。ある程度の。

ミスの許されない自由は本当の自由ではないですよね。

少なくとも、高校生年代までは自分で判断する機会が多くないから、
その判断にミスが生じても、それを受け入れて、じっと我慢して、待ってみたいものです。

もちろん、重大なミスを起こして、それ以降、社会に出てもどこに行っても受け入れられるものではないなら、それなりのペナルティが与えられるでしょうけど。

誰も新入社員に大きな仕事は任せない。
判断が伴うことでミスが起きるなら、それは任せた方の責任になるはずです、一般的には。

ハンドボールでも、初心者にボールを持たせて、何も教えていないのに
「ミスするな」なんて言いませんよね。

なんでミスをするんだ。
俺の言うことが聞けないのか?
俺の言うことを聞かないからダメなんだ。
とか言う指導者は論外。

スポーツに向いていない。
いや、リーダーに向いていない(笑)

自由の中の責任。
自由の中の許される範囲。
どこまで自由を認めるか。。。
難しいですね。

だけど、自由度の高いハンドボールや集団を目指したいですよね。
自立と自律が出来ていれば、、、の話ですけど。

あと、動画を紹介します。
この動画見て!!花巻東高校の最後のノック。
誰一人として逃してはいけない。
全員が、「このチームだから勝ちたいんだ」
と思えるチームにしていきたいですね。

2014年も197日連続でいい1日でした☆

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