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なぜハンドボールコートに行くのか?

中高生、大学生の皆さん。

今日、ハンドボールすることは、

自分が幸せになるためにやるんですよ。

指導者にがみがみ言われるために、

何かに耐えるために、我慢の時間を過ごすために、

嫌な思いをしてストレスをためるために、

ハンドボールコートに行くわけではありません。

ハンドボールを選択したのは、自分です。

生きていくために、

わざわざつらい道を選択することはありません。

ハンドボールを選択したとき、

希望にあふれて、楽しい未来を思い描いていたと思います。

少なくとも、あの時の未来にいま立っています。

思い描いていた未来とは違うかもしれません。

思い描いていた以上に充実しているかもしれません。

だけど、どんな状況であれ、

いまどうするかは自分で決めないといけません。

苦しくつらい思いしかないんだったら、

無理してハンドボールコートに行く必要はありません。

他の楽しいことをしていた方がいいです。

だけど、それでもハンドボールコートに行くのは、

仲間が好きだとか、

ハンドボールが好きだとか、

もっとうまくなりたいとか、

なりたい自分があったりとか、

なりたくない自分にならないためとか、

いろいろだと思います。

仲間でいたいという所属の欲求、

認めてほしいという承認の欲求、

なりたい自分を目指す自己実現欲求。

いろんな欲求があります。

それをハンドボールを通して実現させていく。

ハンドボールを選択したのはそういうことだと思います。

ハンドボールを選択してくれたこと。

それが本当に尊いこと。

だけど、ハンドボールに縛られることもないです。

人生、ハンドボールだけではないので。

だけど、生涯の恋人としてハンドボールがあるのであれば、

それはそれは非常にうれしい。

過去にこんな記事を書いています。

生涯の恋人、ハンドボール

自分が幸せになることが大事。

それを見て、他の誰かまで幸せになるのであればもっと良い。

不幸せな人を見て、安心する人はいる。

自分よりも不幸な人がいるんだと。

もちろん、悲しむ人もいる。

だけど、その人たちとの比較をして今の自分の幸せを認識、実感する。

それだと、少しだけ想像力が乏しいんだよな。

何でもない日常に、幸せを感じること。

ハンドボールを選択した自分が好きであること。

それが大事だな。

少なくとも、選択の自由があるだけ幸せだ。

70数年前は、自分が好きなことなんてできなかったし、

生きていくだけで必死だったはず。

オリンピックに出た人でさえ、

戦場で死ぬことになった。

大学で学んでいても、好きな仕事に就くこともなく、

余暇には好きなことをすることもなく、

これに乗れと言われて、

お国のために、守りたい人のために、

絶対に生き残らない、唯一の選択をした人がいる。

いまは、贅沢だ。

少なくとも日本において、

スポーツでは陸上でも水泳でも、

バレーボールでもバスケットボールでも、

自分で選ぶことができる。

もちろん、文化芸能活動に時間を費やすこともできる。

選択する自由、があるというだけでも本当に幸せだと思う。

だからこそ、この自由を、この贅沢を、この幸せを、

つらい思い出にしてはいけないと思う。

粘り強さや忍耐。

も大事だけど、不幸せになるために生きている人はいないと思う。

自分が幸せになって、誰かを幸せにするために生きるから、

その選択をした自分が好きでなくてはいけない。

ハンドボールを選択した人は、

ハンドボールを通して、幸せになってほしいね。

本当にそう思う。

人生を豊かにする、生活の一部として、

ハンドボールを選択する人が多くなるように、

我々もがんばらないといけないな、、、とつくづく思う。

今日もハンドボールコートに行く人の顔が晴れやかでありますように。

今日もハンドボールコートでたくさんの笑顔が生まれますように。

今日もハンドボールコートからハッピーが発信されますように。

今日もゆかる日まさる日。

ぐすーじさびら。

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