ティーチングモーメントと体罰

世界的なトランペット奏者が、発表会の最中に中学生を往復ビンタしたというニュース。

これは自治体が主催して、数ヶ月に渡って厳しいコンサートのトレーニングをしていくというもの。

一般のお客様が見ている中で、

ドラムを演奏している子のスティックを取り上げ、

それでも手でドラムを叩いていた中学生を強く指導したもの。

双方納得の行為だったようです。

ドラムを叩いていた中学生も反省しているし、トランペット奏者のことを尊敬している。

トランペット奏者も、練習中から規律を乱すの子のことは強く指導してきたらしく、発表会のときは度が過ぎたので同じように指導したとのこと。

個人主催のイベントならいいのか?

自治体主催だと責任はどこにあるのか?

そもそも、子どもも望んで参加していて、双方納得の中で行われた行為に対して、

周りがあーだこーだ言うべきではないのか??
学校現場では、体罰は禁止です。

もう、このご時世、絶対ダメです。
ダメだから、指導できないのか?

ダメだから、弱くなるのか?

そうじゃないはず。
でもさ、本気でわからせる、譲れないものがある、って大事だと思うわけ。

ティーチングモーメントというものがあります。

その瞬間において、教育的効果を最大限に発揮する事象が起きた場合、逃してはいけない。

今回の場合、トレーニングのときから問題行動が見られた。

発表会のときに、練習とは違った方法で、他人の時間を奪ってまで自己主張した。

それは集団の規律を乱すという理由もあり、この子を指導するのに最適のタイミング、ティーチングモーメントだと判断したからこそ、講習の前でも強く指導した。

トランペット奏者の信念もあるし、それまでの信頼関係もあります。
個人的な意見ですが、

そういう現場を見たくない、という人もいるかと思うので、公共性の高い場所で行われたことに関しては良しとは思わないけど、

2人の関係性やバックグラウンドを知らずに、杓子定規でモノを言うのは違うと思うのね。
でもさ、同じことを教員がやったら、もうダメね…( ̄▽ ̄)

一発アウト。

同じように2人の信頼関係もあり、双方納得の行為で、もっと言えばやられた方も感謝してる。

としても、教員がやったらダメです。

行為としては同じだけど、何が違うのかな…

とか思ったりね。
殴ったらダメだけど、言葉責めで心を攻撃して、痛みを残す人はたくさんいるわけでしょ。

それで学校に来れなくなる人もいるわけでしょ。

体罰はダメだけど、体罰だけがダメなわけではないよね。

逆にティーチングモーメントにおいて、しっかりと心から向き合えばわかりあえると思うんですよねー。

体罰を肯定しているわけではないですよ。

でも、生徒から暴力を受けても我慢強く指導している先生方もいるし、

何が良くて何がダメだとか一概には言えないんですよね。

いち教員がやったらダメで、

世界的に名前の通った人ならOKというのも違う。

かと言って、感情で、言葉を失い、殴ってしまうのは自らの指導力不足を露呈している。

世の中は難しい。

だから、言葉を、方法論を、引き出しを、お互いを学ぶ、理解するということを継続しないといけないんだと思う。
学びだな。

知識ばかりではダメ。

情熱ばかりでもダメ。

現場だけでもダメ。

机上の研究だけでもダメ。
もっと人とコミュニケーションをとって、

人と触れ合って、

人を好きになるという時間を大事にしたいですね。
今日もゆかる日まさる日。

ぐすーじさびら。

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