プロの技術提供に、値切りはアリか?先輩に言われた断れません!?

昨日、メカチャンのトークでも出てきました。

講習はボランティアではやらない。

いまの立場としては、

ハンドボールをすること、ハンドボールで表現することが仕事です。

それで対価としてサラリーをもらって生活しています。

ボランティアで講習会をするというのは、

ただ働き、ではないですが、少なくとも私の趣味ではないのです。

以前は学生であったり、企業に勤めていたりして、

それを生業として生きているわけではなかったです。

なので、ボランティアという形もあり、

ハンドボールが好きで教えることが好きで、趣味としてとらえることができました。

しかし、いまはそうではないのです。

 

 

なぜボランティアでやらないのか?

 

端的に言えば、ボランティアでやっていいことがない、からです。

ボランティアを否定しているわけではないです。

今の日本のハンドボールの育成現場は、

小学生中学生もボランティアの指導者の情熱で支えられています。

それがないことには、

今の日本のハンドボールはありません。

明るい未来もありません。

本当に、本当にたいへんな労力を払っていると思います。

その想いには頭が下がるばかりです。

 

個人的な経験から、

なんとなく、頼まれて、これまでの関係性もあるので、断ることもできず、

そんな中で講習会等をするとですね、、、

どんな人間なのか紹介すらされない。

選手のモチベーションが低い。

なんとなく、終わってしまう。

ということがあったのです。

こちらとしては、休みの日(と言っても身体を動かしたり治療をしたりするのだが)に

講習会に行って、そんなことになってしまうと、残念なのです。

指導者が休むために、こちらが一生懸命やってるわけではないのです。

 

そんな状況を作らないためにボランティアは辞めました。

こちらとしては、

お金をもらうことで何かしらの非日常体験を通して、

新しいものを学んでもらう、伝えていく責務が発生する。

対象としては、

お金をもらうことでこれまで知らなかった何かを求めてくるし、

ハングリーな気持ちで学ぶ権利を主張できる。

と思ったからです。

 

こちらからお願いするときは、

できるだけ、部費とかではなく、

このイベントのためだけに自分のお金から出させてください。

とお願いしていました。

 

自分の価値を認識する

 

じゃあ、自分にどれほどの価値があるのか?

ということになるのですが、、、

以前にもこんな記事を書いています。

ハンドボールでシュートを速くする方法論。その経験的価値。

いま、知識を伝えるということは、

これまでに費やした時間の集大成、ということになります。

 

Twitterでこんなものがありました。 

少なくとも、これまで経験してきたもの、体得してきたもの、

その価値は大きいと思います。

経験というのはこちらの記事に書いてあります。

記憶=知識+経験

これまでに得た知識。

体験とともに思考をした経験。

それらを合わせた記憶。

この記憶をするために、

どれだけの時間を費やしてきたか

どれだけのお金を費やしてきたか

どれだけの労力を費やしてきたか

どれだけの苦労をしてきたか

どれだけの試行と失敗をしてきたか

どれだけの思考をしてきたか

 

普通の人からしたら考えられないと思います。

ピアノの演奏者はコンサートのために何千時間も練習します

コンサートで弾く曲は数分かもしれません。

イラストレーターは自分の絵の型を作るために何千枚と描きます。

目の前で色紙に描くイラストは1分かもしれません。

 

プロとして技術を持つというのはそういうことなんです。

楽しいことばかりではなく、

逃げ出したくなることもあり、

泣き出してしまうこともあり、

それでも向き合って作り上げてきた練り上げてきたものの一部しか見えません。

そのバックグランドにある膨大な時間、エネルギーというものに

想像力を働かせてくれないと困ります。

 

お友達割引はアリ?ナシ?

友達だから安くしてくれるだろう。

知り合いだからちょっとはサービスしてくれてもいいのに。

なんてことはありませんか?

確かに、これまでの人間関係もありますから、

職人側として技術のサービスを提供することはあるかもしれません。

でも、サービスを享受する側としてはそれを期待して、

またはそれがないからケチだ、なんて思ってはいけません。

上述したように、その技術にはこれまでに費やされてきた

様々なものが込められているからです。

もちろん、双方の話し合いで折り合いがつけば、

それが一番いいんですよ。

お互いが気持ちよくサービス、物品、貨幣の交換ができればいいので。

 

 

先輩からの圧力

よくあるパターンですが、

関係性のある、特に先輩からの圧力ですね。

後輩としては先輩から頼まれたら少々無理なお願いでも聞かないといけない、

という暗黙の了解がありますよね。

先輩も後輩だからやって当然、みたいな感覚があるのかもしれません。

後輩をたたいて値切って、ラッキー。みたいな。

逆に聞かなかったら、あいつはなってない!!という。

後輩からしたらたまったもんじゃないですよね。

もちろん、連絡を取るとっかかりとしてはいいんですよ。

でも、たったそれだけで、、、なに??って感じです。

 

 

関係性があるからこその、、、

お世話になっているから、、、断れない。

ということもあります。

ですが、技術の提供側に無理があるのであれば、

その関係は長続きしないと思います。

先輩は後輩をたたいて値切るのではなく、

逆ですよね、先輩として立ち居ふるまうには。。。

後輩だからこそ、後輩がかわいいからこそ、

後輩にとってメリットが大きいようにするべきですよね、本当は。

例えば、予算が限られている。

だから値切る。のではなく、

その限られた予算の中で、どうにかしてより多くのメリットを後輩にもたらすのが

先輩としての役割ですよね、本来ならば。

ポケットマネーでご飯代くらいは出してくれるかもしれない。。。

だいたい、逆なんだよなー、世間一般では。

 

思いやりは想像力。おもてなしは創造力

お陰様で、メカルの周りの人たちはきっちりしていますよ。

先輩だしお世話になっているからお願いされたらどうにかして何とかしたい。

と思うけど、そういうところがきっちりしていないと、

それも長続きしません。

お互いが無理なく、気持ちよく長くお付き合いができるようになっていきます。

いろんな部分でおもてなしを受けるんですよね。

宿泊先のホテルがシングルではなくセミダブルになっていたりしたら、

それだけで、心遣いがわかりますよね。

何回も話していますが、

以前千種高校に行ったときにお弁当を準備して下さってて、

サラダまであるんです。

しかもですね、ドレッシングが2種類あるんですよ。

飲み物も必ず、スポーツドリンクとお茶を2種類準備しているんです。

心遣いというのはこういうことなんだと先輩から学んだことですね。

相手が何を求めているか、選択肢を準備するというだけでも

おもてなしの心がわかります。。。

思いやりは想像力。おもてなしは創造力。

相手がどうしたら心地よいだろうか?と想像する。

メカルは〇〇だからこうしてみよう。と創造する。

その心遣いというか心意気というか、

お互いを尊重している関係性だからこそ、

ですよね。

 

まとめ

関係性がある人だからこそ、多くのメリットを残す。

技術を値切るということは、その人の積み重ねを軽んじている。

お互い気持ちの良い関係性を保つには、お金の支払いはしっかりする。

その価値観が合わない人とは関係を持たない方が、自分を高めることにつながる。

画像は2013年の愛知筑波会。
相当前だな。。。オリンピックくらいの周期になってる。。。
今年は開催できるか??!?

アメブロも更新しています。

こちらはこのブログとはちょっと違った内容にしています(笑)

今日もゆかる日まさる日。

ぐすーじさびら。

Commentsこの記事についたコメント

コメントを残す

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。