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君はアドラーを知っているか?普通とはなんなのか?【劣等感】。と理学療法士を目指す方、必見。

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前回、アドラー心理学について興味を持ったと書きましたが、

今日はその第二弾です。

前回の記事はこちら

はアドラー心理学を知ってるか?久しぶりにドキューンと来た知的好奇心。

一番初めに見た動画がこれだったので、すごく興味を持ちました。

テーマは劣等感についてです。

劣等感とは何か?

劣等感とは、自分を苦しめている物の正体です。

それは理想と現実のギャップから生まれるものです。

本当は自分が好きだと言いたいんだけど、

そんなことをガンガン言ってると周りが

「なんだかあの人変じゃない??」

と引いてしまうことがある。

そんなことを言えない情況がある。。。

でも、劣等感は悪いことばかりではなく、

それ自体が原動力になることもあるのです。

劣等感ー優越感

劣等感の反対は優越感です。

人は今よりも優れた生き方をしたい、優れた存在になりたい、

そんな自分でありたいと思いながら生きています。

これを優越性の追求と言います。

優越性の追求があるからこそ、

理想と現実のギャップによって劣等感が出てくるんですね。

しかし、劣等感があるというのは実に人間らしいことなんです。

劣等感には目的があるからです。

より良くしたいという優越性の追求があるからです。

自分はどんな価値を社会に、他者に与えることができるか?

という部分での劣等感です。

他者との比較 劣等コンプレックス

社会生活を送る上で他者との関わりは必須です。

アドラーはその比較によって二つのコンプレックスを唱えました。

劣等コンプレックス:AであるからBできない

          AでないからBできない

これが我々が考える一般的な劣等感かもしれませんね。

見かけの因果律を立てて、人生の課題から逃げようとすることです。

例えば、生まれてからこれまで一度も彼女ができていないとする。。。

本人はその理由を顔がイケていないし、お金も持っていないし、

身長も低くて今時じゃない、と思っている。

しかし、そこには因果関係はないのです。

顔がイケてなくても、お金がなくても、身長が低くても彼女がいる人はいます。

じゃあ、整形してイケメンになったとしたら彼女ができると思うか?

お金もあって、高身長だったら自分に彼女はできるのか?

と問われたとき、自信をもって、必ずできると言えないとなると、、、

それは彼女ができないことと自分が考えている理由に因果関係がないことになります。

それは軽度の劣等感を持ち出して、自分を納得させているに過ぎないのです。

例えば、顔が良くなったとしても、彼女ができないとする。

ということは顔以外の性格が悪いのかもしれない。

顔が悪いと言われるよりも、性格が悪いと言われる方が精神的にきついから、

軽度の劣等感(顔がイケてない)というものを持ち出して、

自分を納得させているんです。

他者との比較 優越コンプレックス

自分に劣等感があるという感情を

逆の方法を用いて昇華させる方法が優越コンプレックスです

優越コンプレックス:自分を実際よりも優れているように見せる

          他者からの目を非常に気にする

          自分で自分についての理想を高くしようとする

端的に言うとですね、いじめや差別ということになります。

相手を貶めて、総体的に自分に優越させることです。

それを価値低減傾向というのですが、それは自分に劣等感があるからですね。

相手が嫌がることを言ったりやったりして、

相手よりも自分が高い位置にいるように優越感を持つ。

背伸びして実際よりも優れているように見せる。

なぜならば、周りは自分にそれを期待しているし、そう見られているから。

自分が何かに挑戦している姿や、その理想に向かっている自分に酔いしれている。

これも優越コンプレックスですね。

自分がそう思っているからこそ、

誰誰よりもこうだよね??と比較したり

いじったりして自分の優位性を示したりするんでしょうね。

また、不幸話をする人は劣等感を先鋭化させることで、

あなたよりも不幸なのよ、、、という特異な優越性を持たせることの

優越コンプレックスの一部ということです。

不幸でいることが特別視されているからこそ生まれてくる優越コンプレックスですね。

可愛そうでしょ?あなたはこんなに不幸じゃないでしょ?って特別な優越性

ニュースの特集とかで出てくる人たちとかはそうかな。。。

一昔前の派遣切りとか年越し派遣村とかで

意気揚々とインタビューを受けている人たちはそうなのかもしれませんね。

そういう人は一方で誰かをうらやんで、

一方で誰かをさげすんでいるんです。

それがコンプレックスを昇華することになるのかもしれません。。。

普通に生きる

アドラーは普通というものを大事にしています。

普通というのは平凡という意味ではありません。

普通というのはありのままを受けいれるということです。

特別良くなくてもよい。

特別悪くなろうとしなくてもよい。

これが普通だと。

生きるということは思い通りにいかないということ。

思い通りにいかないときは、現実を受け入れるしかないです。

現状を受けいれられないというのは、

現実化していないということで、

これは不健全であると言えます。

まずは現実を受けいれること、

そして普通に生きることですね。

生きる喜びとは

アドラーは生きる喜びは他者との関係の中で生まれると言っています。

「~だったらなー・・・。」という可能性のなかで生きていたいから、

自分で自分をだまして生きていることがコンプレックスです。

それは傷つくことを恐れているからとも言えます。

傷つくことを避けて生きていると生きる喜びもなかなか出てきません。

すべての悩みは対人関係です。

そして生きる喜びも他者との関係で生まれます。

自分が傷つくことは怖いことでもありますが、

生きる喜びも得られることにつながります。

そこでは、、、勇気がポイントになるんですよね。

普通であることの勇気。

他者と関わる勇気。

持っていたいですね。

次回は課題についてです。

そして今日はメカチャンに唐澤さんをお招きして、

理学療法士の話やスポーツ傷害・予防について話をしました。

リハビリとかでお世話になる理学療法士。

本当にたくさん勉強をして施術をしてくださっています。

怪我は足元から。

特に何もしていないのにあちこち痛い、という方は

インソールから見直してみてはいかがでしょうか??

唐澤さんの話の中で、

「誰かの未来に必死になりたい。ワクワク感を大事にしたい」

という言葉が印象的でした。

キーパーの腕の使い方とか、日頃のケアの考え方とか、

いろいろと聞くことができて本当に良かったです。

二時間弱と長く拘束してしまいましたが、、、(笑)

みなさん、股関節とか体幹とかの話もしてるのでぜひご覧ください。

唐澤幹男
茨城県立医療大学を卒業後、つくば市総合病院で9年間理学療法士として急性期、回復期、慢性期、外来、スポーツ外来で実績を積み、延べ患者数22000人の治療、インソールを200足以上を作成。2007年から 2010年まで筑波大学ハンドボール部トレーナーを兼務し、関東リーグ優勝、インカレ準優勝をサポート。また 2014年には骨盤と腰椎の研究にて茨城県立医療大学大学院を卒業し、保健医療学修士を取得。理学療法士、ヨガインストラクターを対象に治療法や解剖学などのセミナーを年間30本以上、受講者は年間1000人を超える。
2015年よりつくば市にてトータルボディメイクつくばを起業。整体、インソール作製、セミナー事業、研究を行う。現在はつくば、高田馬場の2店舗で多種目のオリンピック選手から高齢者、小児まで幅広くインソール作製や施術を行う。
tbmホームページはこちらから http://totalbodymake.com

画像は結婚式の二次会で。

この二人が主役になる日はいつか( ^ω^)・・・?

その時は花嫁の次にメカルと一緒に写真撮ってもらおう(笑)

明日という日もこれまでの続き☆

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