やっぱりバカはダメなんだ。スポーツをするのは何のため?プロ選手のセカンドキャリアは?

 

 最近、プロ選手の覚せい剤がどうのこうの、というニュースを毎日見ます。

渦中の人物に覚せい剤を売ったとか、一緒にやったとか、

よくわからないけど、元チームメイトの人、

ひどくないですか???

ヘルメットをはめたままに、

片付いていない部屋の中で、ひげも伸ばしっぱなし。

目も焦点が合わない。

プロ選手が、華やかな場所に立っていた人間が、

数年したら、とてもかつての活躍を思わせるような、

品もなければ姿勢もない。

 

よくね、

これしかやってこなかったから、これがなくなったら何も残らない

とかいう人いるじゃないですか。

これで生きていくしかないんだ。

みたいな。

もちろん、貧困の中で、サッカーをするか、ギャングになるか、

サッカーで一攫千金を得て、家族を養うんだ。

これしかないんだ、というのとは違う。

 

例えばね、メカルは

ハンドボールを文化として広めたい

とよく言います。

文化というのは、生活を豊かにするものであり、

生活の一部になり得るものだと思います。

例えば食文化というのは、

その地域の中で良しとされている

食べることに対して豊かになるものです。

日本がクジラや馬を食べる。

韓国が犬を食べる。

中国では昆虫は薬。

アマゾンでは虫も幼虫も食べる。

それはその場では良しとされている、生活を豊かにするものです。

 

人生を豊かにする、生活を豊かにするものとして、

ハンドボールが認知されればいいなと思います。

ハンドボールをすることで自分というものをしっかりと育んで、

仲間と協力することで社会性を身につけ、

取り組んできた思い出を大事に懐かしんで楽しむ。

そんな感じになればいいと思うんですよ。

 

話しがずれました。

人生はそれをとったら何が残るのか?も大事な部分ですよね。

みんな、スポーツにおいて育まれた何かに期待しているんですよね。

だってさ、親が子供にスポーツをさせる動機というのは、

礼儀を身につけさせたい、とか

そういう想いもあるわけでしょう。

子供が楽しんでやってるのがいい。というのが一番ですが、

そこにもスポーツの価値があると思っているわけでしょう。

 

 

そういうことを考えるとさ、

スポーツの教育的側面というのはとても大事な部分でもあり、

指導者にはその資質も求められますね。

 

一生そのスポーツをして生きていけるわけではないです。

スポーツを通して、どう自分を育んでいけるか、

そこの部分が抜け落ちて行くと、

スポーツは文化として衰退していきますよね。

子どもたちの憧れが哀れな姿だったり、

薬物などで残念なことをしてしまったら、

スポーツをさせたくないと思われるかもしれません。

 

多くの場合、スポーツを通して育まれた生きる力というのは、

社会の中で重宝されると思います。

そこに期待している部分も社会の中にはあるので、

スポーツ選手のセカンドキャリアという部分を整備していくのは

大事かもしれませんね。

例えば、ラグビー選手。

紳士のスポーツということで、弁護士や医者などが多いみたい。

競技を続けながら、セカンドキャリアを考えていく。

スポーツを通して、

課題発見能力、課題解決能力、自己肯定感、自己効力感を育んで、

礼節や規律を守るという中で、オリジナリティを出す、

人間関係を構築する愛嬌を覚える。

というのが大事だと思うわけ。

それら生きる力を育んでいく中で、

自己実現をしていくわけでしょ。

なりたい自分に近づいていくわけでしょう。

 

バカは何をしたいかわからないし、何が悪いかもわからないし、

自分がどうなりたいかわからない。

そのために何をすればいいのかわからないし、逆算して今やることさえわからない。

言われたことしかしてこなかったから、

壁にぶち当たると自分はダメだと居場所を失う。

集団の中、社会の中で、自分を認めてあげられないし、

自分は集団に属するうえでこれで貢献していると思えない。

そしてそれを探すことができない。

課題発見できない、課題解決できない。

自己肯定できない、自己効力感もない。

独りでいると愛嬌もうまれない。

 

 

 

 

バカばっかりだ。

 

となってしまう。

だから、スポーツを通して生きる力を育んでほしいという

願いも込めてスポーツをさせるし、

スポーツに期待をしているんだと思う。

 

これしかないんだ、これしかしてこなかったから。。。

 

じゃあ、ダメなんですよ。

 

よく、武勇伝的に授業中は寝て、練習はがんばって、、

酒は飲んで女遊びはして、破天荒で、、、

みたいなこと言って、青春のすべてを捧げてきた、

みたいなことを平気でいう人がいますが、

本当にバカなんじゃないかなと思う。

なんの自慢にもならないし、自分の愚かさを笑いに変えても大したお金にもならない。

 

かくいう、自分を振り返って、

東大に入るほどの学力はありませんでしたが、

ハンドボールを通して人間として普通に(ここが一番のポイント)

生きているからハンドボールに感謝しています。

 

日本にもプロ選手はたくさんいます。

でも、そのプロ選手が競技を終えた後に、

みじめなことにならないように、

いつまでも子どもたちの憧れの存在になり得るように、

セカンドキャリアをしっかりと考えながら、、いきたいですよね。

それこそ、セカンドキャリアのための勉強をすることは歓迎すべきだと思う。

もちろん、やり方はあるけど、

休学して留学するのもいいんじゃない?

年に数回練習休んで、資格試験受けてもいいんじゃない??

そこは指導者が寛容になろうよ。。。

メカルはトレセンで合宿中に大学院の入試の勉強してたよ。

中にはそれも歓迎しない人がいましたけどね。

まぁ、指導者がそれしかしてこなくて、

それを取ったら何も残らないバカだとしたら、

その場所にしがみつくしかないから、指導者としてよりも政治家としての

上手く生きていく術を身につけるんでしょうね。。。

もしそうだとしたら、

日本のスポーツが変わることもなさそうだ。。。

 

ハンドボールのセカンドキャリア。

現状では日本人のプロ選手は大崎電気にしか所属していません。

彼らに話を聞きました。

プロの選手としてまたは社員としてしっかりと稼いで、

それをセカンドキャリアに活かして、

更にハンドボール界に貢献できる人財を輩出しないと、

ハンドボールがより発展するのは難しいでしょうね。

 

まぁ、メカルが今後どうなるかはわからないけど、

ハンドボールに育んでもらったものを活かしていきたいです。

 

画像はメカル、東江、徳田で上を回したときの連続写真。

若い選手がプロを目指そうと思えるように、

いまの我々がしっかりとせないかんな。

この連続写真のように、

想いをつないで、未来にハンドボールをつないでいかないかんぜよ。

パスをつないで、想いを託していくぜよ。

画像はカタール在住の金品さんより。
明日という日もこれまでの続き☆

 

Commentsこの記事についたコメント

1件のコメント
  • JO より:

    初めまして。いつも楽しくblogを拝見させて頂いております。
    プロスポーツ選手のその後としては、日本は一つのことだけを極める職人的な人が昔は多かった気がします。他のことをしている時間があれば練習しろと。でもアメリカなどは違いますよね。バスケをしている子もフットボールをしている子も最低限の成績は維持しています。スポーツができるから他のことを疎かにしていい理由にはならないのでしょう。
    最後に記事とは全く関係の無い質問なんですが、銘苅さんはシーズン中はどの位負荷の高いフィジカルトレーニングをしているのでしょうか?よろしくお願いします。

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