【ハンドボール】銘苅淳のおにあくま

おごらず にくまず あせらず くさらず まけるな

心、洗われる日。自分が生きたかったのにそんなことするな、って思われない人生にしようと思う。

time 2015/08/16

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今日は朝9時から試合でした。

結果は負けてしましました。

テクニカルミス20個

勝てるわけなくない??

安易にポストパスとかしてカットされるし、

速攻とかも安易に出すから、ミスになるんだよね。

 

まぁいいや。

 

今日は8月15日。

終戦記念日でした。

70年前、世界的な大戦が終わりました。

祖父も戦争体験者です。

メカルが小学生くらいの時かな。

祖父はどこからか資料を取り出して、

この街に行ったんだ、こんなことしたんだ、

って話してくれました。

祖母は、祖父がいかに戦友から慕われていたかというのを教えてくれました。

実際に聞いたのが幼かったためにまったく覚えていません。

いまなら、もう少し、本当に少しだけ、

祖父の想いに寄り添うこともできるだろうに、

祖父も他界したいま、それを聞くことができません。

対戦で350万人がお亡くなりになったそうです。

その350万人すべての人に、それぞれのバックグランドがあります。

生き延びた人も、それぞれにバックグランドがあります。

いま生きていて、たくさんの人に出会って、

こんなにも大好きな人であふれてるのに、

そんな思いを350万人が背負って、

志半ばでお亡くなりになったんですよね。

 

メカルもさ、この夏、靖国神社に行ったのね。

ちょうど、英霊への手紙という、

遺族の方が、お亡くなりになられた方へ書いた手紙が展示されていました。

それを読むとですね、もう、何とも言えない気持ちになって。。。

室内なのに、サングラスをかけて、でかい男が必死に涙と闘っていました。

その人の想いもありますが、

その人を想う人の想いもあるんです。

手紙とかを読むと、愛なんですよね。

無条件に見返りを求めない、無償で自然に出てくる感情。

戦死された方も、愛する人がこれ以上つらい思いをしないように、

愛する人たちがこれからも健康で幸せであるように、

そう思いながらの最期の瞬間だったと推察できます。

メカルも祖母に言われました。

おじいが戦争で死んだから生活できるんだよ、って。

遺族年金で生活して、そこから孫にお金を渡す。

それはおじいが戦争に行ったからこそできることですよね。

戦争についてはいろんな想いがあるかと思います。

 

もう、あと30年もしたら、当時の記憶がある戦争経験者というのは

ほとんどいなくなるでしょう。

戦後70年経ちますが、これからの30年をどうしていくんでしょうかね。。。

 

当事者からしたら、それは正しい。

沖縄の人間からしたら、本土の人間からしたら、アメリカの人間からしたら、

それは正しいですよ。

沖縄戦を考えると、

守ってくれるはずの兵隊さんが、住民が避難していた作戦のために防空壕を使う。

そのために住民は追い出される。沖縄の言葉を使うとスパイだとされて殺される。

住民は守ってくれると思っていたのに、追い出された。

兵隊からしたら、なんで住民がいるんだ、と思ったかもしれない。

本土の人間からしたら、沖縄という外地まで来て戦っているのに、と思ったかもしれない。

アメリカからしたら、パールハーバーで卑怯なことをしやがって、

と思ったかもしれない。

それぞれが、あいつらは人間じゃないと思ったかもしれない。

それが戦争なんですよね。

戦後70年経ちますが、それぞれが戦争のつらさを抱えているんですよね、いまでも。

戦後生まれのメカルがさ、何をどうやっても戦争の本当の悲惨さを知ることはできません。

これから、戦争が起こらない限りは。。。

本当にさ、毎年思うけどさ、当時に比べたら、

本当にたくさんのものがあふれています。

やりたいことができる、命の危険にさらされていない現状。

世界中にはいまだに危険な状況に生きる人がいます。

そんな中、年に一度、真剣に、心から自分が生きているありがたみを感じる日があってもいいなと思います。

しかもさ、母の誕生日でもあるわけ。

母が生れた時、祖父母はどんな顔をしていたんでしょうか?

母が生れてからどんな想いで育ててきたんでしょうか?

母は自分の年齢を重ね、メカルを生んだ時にどんな顔をしていたんでしょうか?

メカルが生れてからどんな想いで育ててくれたんでしょうか?

 

いまここに、頑健な身体で好きなことをして生きていることに

本当に感謝ですね。

今の日本を作ってきたのは先人たちです。

命を捧げて、命を懸けて、毎日を必死に生きてきた先人たちがいたからこそ、

我々が安心して生きていける日本になったんですよね。

そのことに関しては本当に感謝すべきだし、

それを知るべきだと思うのです。

 

いまだに、戦争を体験した人は自分は人殺しだと自分を苦しめているかもしれません。

愛しいあの人に、今一度会いたいと願い続けてる人がいるかもしれません。

そういう方々の想いに寄り添うこともなかなか難しいですが、

それを後世に伝えていかなければいけないでしょうね。。。

これだけ映像も何もかもあるんだから。。。

 

たださ、戦争でお亡くなりになった方も、

ご先祖さまも、我々の不幸を願っているわけではないじゃんね。

だからこそさ、一人一人が、命の危険なく、幸せな人生を送ることがさ、

先人たちの願いだと思います。

メカルはハンドボールしているから、

ハンドボールでハッピーライフにしていきたいですよね。

 

一番悲しいのは、忘れ去れること。

一年に一度くらい、ご先祖様ふくめ、

今の日本を作ってきた先人たちの想いをくみ取るような時間を作りたいですね。

そして、自分の生き方とか、あり方とか、考える時間にしていきたいですね。

戦没者の方々の想いを裏切らないように、

そんなんだったら、自分らの命を捧げた甲斐も何もないじゃないか、

と思われないような生き方をしなければいけませんね。。。

 

さぁ、明日も自分史上、最高の自分に挑戦しよう☆

 

 

コメント

  • はじめまして。いつも銘苅さんのブログを拝見させていただいております。終戦70年ということで『若い世代が戦争を知る』ための番組を観ました。知らなかった事が多すぎて愕然としました。銘苅さんが仰る通り、戦争は私たちが知っておくべき事で、伝えていくべき事なんだと感じました。先人が残してくれたもの、想いを大切に噛み締めて生きていきたいですね。
    銘苅さんのポジティブで素直なところが大好きです。銘苅さんのブログに心揺さぶられ、時にはパンチをくらいながら(笑)私も頑張ろうという気持ちになります!これからも応援しています!

    by sasara €2015年8月16日 9:24 AM

    • ブログでパンチをかましているとは思っていませんでした(笑)
      戦争というのは非常に悲しいものですね。
      いまでも命の危険にさらされている人が世界中にはたくさんあって、
      戦争ではないにしろ、安心して暮らせる人というのはマイノリティなのかもしれません。。。
      我々は物質的に豊かなので、精神的な部分でも高く豊かな精神性を持ち合わせていたいですね。。。

      by mekaru atsushi €2015年8月21日 5:42 AM

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銘苅淳

銘苅淳

ハンドボールプレーヤーの銘苅淳です。 1985年4月3日生まれ。 沖縄県浦添市出身。 [詳細]

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