体罰は暴力か教育か?

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ブラックボードってドラマ見てますか~??
昨日から始まったこのドラマ
昨日は戦時教育で「お国のために死ぬべきだ」と教えた教師がいろんな葛藤をしながらも教育を見つめ直すというものでした
今日は荒れた生徒に対して体罰をしながらも教育をしていくという内容
ドラマの中で、体罰が暴力なのか、教育なのかわからないということを言っていました
また、暴力だけが傷付けるのではない。言葉でも深く傷を残す…
そして、親や教師に退職はない。
子供にとっては親は一生親だし、教師は一生生徒にとっては先生です。
メカルも昨日、喜舎場先生に人間にしてもらったと書きましたが、心に響いた一発があったからです
逆に叩かれてはないけど、言葉でひどく傷ついたこともあります
前々から言ってますが、教育はよき変化を与えることです
殴ろうが、蹴ろうが、言葉で説明しようが、

変化がないなら教育には物足りないし、

よき変化が生まれたならそれは教育になります
いまの学校現場では体罰は絶対ダメです
ドラマでもありましたが、兄弟も減り、年齢のことなる友達と遊ぶ機会もなくなり、

遊びといえば二次元の遊びという現代社会において、

傷みとかわからないですよね
だから手加減もわからない
本当にコントロールできなくなって、一線を超えるかも知れない…
それならそうならないように教えてあげるのが、

生徒のためだし、教育になります
体罰がダメだとかいうけど、

体罰したら自分の身が危ないからって生徒を諦める方が、教育とは程遠いですよね
メカルの知っている先生が指導で生徒に手を挙げたときに必ずすることが、

寝る前に
「俺はあいつのことを愛してる」と唱えながら、

憎しみやイライラで殴ったのではないことを確認するそうです
殴られても本当に自分のことを考えてくれているのか、

殴りはしないで言葉で着飾ってもそこまで考えてくれていないのかはわかりますよね
一概には言えません
メカルもわかりません
でも、メカルは本当に必要なら殴って蹴飛ばして、ひっくり返すでしょう…
生徒と信頼関係を築けないなら教員やめたほうがいいですからね(笑)
と、教員でもないのにまたこんなことを…
理想だけでは教育は出来ないし、教員も難しいでしょう
でも、理想もない人間が教育で子供達に理想を持たせることはできませんからね~
メカルは教員じゃないけど、仲良しの先生方を見てたら自分もそう考えてしまいます♪
画像は無ら里のオーナー、滝さんと
今日もいろいろと考える時間が持てたことに感謝☆

Commentsこの記事についたコメント

3件のコメント
  • あんこ より:

    捉え方によってどちらにも取れるから微妙です。言葉ではいう事を聞かない場合はあり(教育の一環)なのでわ。怪我や死に至るまでやっちゃ完璧暴力だわ。
    虐待事件の加害者は決まって「しつけの一環だった」といい逃れをしますよね。
    自分の中で怒りの歯止めを利かせられる内は教育(愛情、しつけ)の範囲内なのかもね。
    要は気持ち次第って事か・・・

  • Ayumi より:

    高校時のハンドの先生が浮かびました…
    愛の鞭はありだと思います。悪い時は叩くけどちゃんと褒めてくれる先生でした。先生がいる、という安心感があって、高校は好きでしたから。

  • ちいさなおこちゃま より:

    個人的にはお願いしたいところです。
    近年境界線が難しく考えられすぎている
    と感じています。時代なのか教師の質なのか
    親の捕らえ方なのか。
    体罰はなくなっても言葉の暴力は存在
    するのですから、何ともいえない
    です。。。

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