教える、教えられるという関係性。勉強と学問の違いは・・・?

IMG_0986.JPG


教育というのは

教える、教えられるという立場があって初めて成り立つものです。

大学の授業で習いました。

スポーツの場合はどうでしょうか?

教える、教えられるという立場は確かにあります。

ヨーロッパでもコーチと選手の関係性は、

コートの中においてはしっかりとしています。

コーチが主導権を持っている、という感じです。

でも、コートの外でそんな感じはしませんね。。。

日本の場合はいつでもどこでもそんな主従関係というか上下関係というか、

面倒な関係性がついてまわりますね。

在校しているだけではなく、一生、先輩後輩の関係性が続くというか。。。

ヨーロッパはコーチではあるけど、その競技をする仲間でもある。

そして、友人でも一人の人間でもある。という感じでしょうか?

先日公開した動画にも「日本人のストロングポイントを指導者」と題して

20分くらいしゃべっていました。

こちらをどうぞ。

今日、フェイスブックで見つけた記事。

まずはこちらをご覧ください。

世界的コーチが日本の若き指導者たちを喚起

メカルも今後同じようなことを講習会とかでやってみたいと思いました。(笑)

メカル、これまでも、

「今日、メカルが言ったこと、やったことがすべてではない」

と伝えてきたつもりです。

情報を鵜呑みにして自分の考えや経験と照らしあわさずに、

そうなんだ!

と思いこむことが一番危険だと思います。

リンク先のページではこのようなことがかかれていました。

「先程の質問の後に数分間沈黙の時間がありました。質問をしないこの時間にどんな意味があるのでしょう?」。戸惑いの色を見せる受講者を他所に、フェルハイエン氏は熱を込めて受講生に語りかけます。

「質問をしない人は何も質問がないということですか? 質問がないということは、物事に対して批評的な目を持っていない、または分析ができない人ということになります。もし皆さんがそうなのだとしたら、今日ここで指導者になることを諦めてください」。指導者にとって一番重要なことは、サッカーの技術でも知識でもない。フェルハイエン氏は続けます。

「質問があっても何らかの理由で質問ができない人もいるかもしれません。その人も指導者になることはできないでしょう。いま質問をしなくていつするのですか? 私はいまここに立っていますが、明日はいません。学ぶチャンスを生かせない人も指導者にはなれないのです」

 

リンク先のページより引用。

日本人って、みんなの前でしゃべる人が偉い人で、

その人に質問をするという行為が畏れ多くて、、、と考えがちじゃないですか?

でも、それはやっぱりちょっと違う、と思う。

大事なことは偉い人やすごい人の話を聞くことや、

それを学んで受け売りし、真似ることではなく、

過去の経験や知識と照らし合わせて、新たな見解を持ったり、

確認をしたり、未来において発展的に試してみたり、、、

そういうことが学びだと思うのですね。。。


 

過去にニーチェの言葉を選手に伝えた指導者がいましたが、

まったくもって響かなかった。。。

ニーチェの言葉そのものは解きほぐすとやっぱり素晴らしい。

だけど、学んだつもりになって自分が理解していない状態で

人に話しても、受け手は感じるんですね、

なんだ、そりゃ?って。

もちろん、言葉というのはその人自身を表す一片でしかないので、

バックグランドを含めその人間性が問われますけどね。


 

質問がありますか?

と問うたとき、

積極的に発言できる生徒や選手がいればいいですね。

もちろん、それに的確に応えられるようにしないいけないから、

指導者は常に学びが必要です。

「俺の言うことが聞けないのか?俺が決めろと言ったら決めるんだ」

なんて言っちゃう指導者は残念ですね。

外すために打つシュートなんてないしね。

批判的な意見も含め、受け入れる度量の大きさがやっぱり必要ですね。

これはこうなんだ、と教えることも時として大事。

いまさらアルファベットのAはなんでこんな形なんだ?

って言われても変えようがないですからね。

それを教えるのは「強いてでも勉める、勉強。」

なぜか?という疑問を「自分や周りに問うて学びを深めるのが、学問」

という感じでしょうか?

これ、いま思いついたから、誰かがもっと的確に表現していたらえてね。

中高生の皆さん、多少の強制力が働いても勉強は大事です。

その後、学問をしようと思ったときに、

自分の中の何かとつながらないからです。

勉強で材料を集めてください。

その材料がいっぱいあった方が、

未来で何か作りたくなった時に選択肢が広がりますし、アレンジが効きますし、

オリジナリティが出てきますよ、きっと。

 

指導者は学びが大事。学び続けることが大事。

だって、目の前の選手の人生預かっているからね。

メカルも選手として、ハンドボールプレーヤーとして、

もっとしっかりとやらなくては、、、と思いました。

未来に出会う子どもたちに少しでもいいものを提供したいもんね。

というわけで、皆さん、学問をしましょう。

画像は高校3年時の九州大会。
長崎にて。。。
後輩は自衛隊だったり、仕事で1000万の契約とったり、
車を売ったりしているみたい。

それなりにがんばっていきている後輩を見ると、
嬉しくなりますね(笑)

あんな肌に張りがあって、
ニキビに悩んだ当時が懐かしい。。。

今日のハンガリー語
若いハンドボール選手
Fiatal kezilabda jatekos

Commentsこの記事についたコメント

コメントを残す

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。