ただただ……

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勝って、勝ちに傲ることなく、 負けて、負けに屈することなく、 安きにありて、油断することなく、 危うきにありて、恐れることもなく、 ただ、ただ、一筋の道を、踏んでゆけ。嘉納治五郎

いや~、久しぶりに心に響きました
以下、敬称略
尊敬を込めてフルネーム表記にします
嘉納治五郎と言えば、柔道の生みの親ということは体育人として常識です
筑波大学の前身でもある東京教育大学の学長も務めた方です
オリンピックでは日本選手団の団長をしたり、IOCの役員にもなったはず
何と言っても、精力善用、自他共栄という二つのキーワードをもとに柔道、スポーツの発展をはかりました☆
東京教育大学学長時代に、大谷武一に欧米視察に行かせ、大谷武一がハンドボールを日本に持ち込み、教育大学で学校体育を中心に日本に広めたのが日本に置けるハンドボールの始まり
そしてそれは1922年のことです
日本でハンドボールを競技として本格的に始めたのが、1936年のベルリンオリンピック以降
1940年に東京オリンピックが決まっており、ベルリンオリンピックでヒトラーがハンドボールを競技として採用したことにより、東京オリンピックでも…ということから
1937年には関東の大学を中心にオリンピックに向けてハンドボールの熱が燃え上がりました
そもそもハンドボール協会というものは最初はなくて陸上連盟の一部として存在していました
ハンドボール協会ができたのは1937年か38年か39年あたりだったかも~(笑)
そうかな?
違ってたらごめんなさい
どなたか知ってたら教えてくださいませ☆
嘉納治五郎氏の名言からなんでこんな話になったんだろう…??
何にも文献調べてなくて、いまメカルの頭にあるものなので、詳しいことは自分で調べてくださいね♪
何が言いたかったかと言うと、大先輩、嘉納治五郎の言葉に深さを感じたので明日からもコツコツやろうと思ったことです!!
今日も美味しいご飯を食べれたことに感謝☆
明日の目標:合宿ガンバルンバ♪
画像は冷えピタ貼って可愛さが230%増しのかりんちゃん☆
子供って見てるだけで幸せになれるし、マイナスイオンガンガン出してますよね~↑↑↑

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  • あんこ より:

    協会ができたのは38年らしいですよ。
    HPに年表が載ってました。
    しかし、歴史が頭に入ってるってスンゴイですね!
    脳ミソのシワが浅い私だったら聞いた時、ヘーホーそうなんだー!と一応思い、頭に1秒ほどとどまって後は消え去るだろうな・・・
    顔のシワは深くなるのに反比例して脳ミソは浅くなる一方だわ(笑)
    かりん様はどなたのお子さんですか?かわいいー^o^

  • リュウケン より:

    確かに名言ですね。
    アスリートには共通して必要な心構えのように思います。
    それにしても日本でのハンドボールの発祥が頭に入っているのはすごい!
    何年もハンドファンでいるのに全く知らなかった自分が恥ずかしいです。

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