記念日。


今日は広島に原爆が落とされた日です。
68年前、いったい何があったのか、本や映像、証言でしか知ることができません。
でも、一瞬で多くの人が亡くなった一つの爆弾が開発されたのは画期的だったのでしょう。
同じ原理を応用すれば人類にとって素晴らしい文明ができることでしょう。
でも、使い方によっては善にも悪にもなるというは何においてもそうかもしれませんね。
沖縄県宜野座村に墜落したヘリコプター。
救急患者を搬送したり飛行機では難しいような現場では大活躍してくれることでしょう。
でも、戦闘機としてのヘリコプターだと、そのヘリコプターとしての画期的な発明や
有益性が遠く見えてしまいますね。
沖縄の現状を考えると、基地との問題で不安になることも多々あるのだと思います。
実際に、メカルがその場に住んでいたら、ヘリコプターを見る度に警戒します。
戦闘機が飛んでいたら怖くなります。
ヘリコプターが墜落する確率というのは米軍でも自衛隊でもあまり変わりはないのでしょう。
でも、全く飛んでいないところと、頻繁に飛んでいるところでは確率としては違いますよね。
沖縄の現状として、その確率が高いところにあるということです。
それが基地負担ということなんだと思います。
もちろん、そればかりではありません。
地位協定として不利な状況が長く続いたことは事実です。
罪にならないことなんて沢山あったはずです。
人をひいても公務中だからと罪にはならない
婦女暴行でも罪にならない
大学に飛行機も墜落する
そんな過去があります。
それらを知っているから、今回のような事件が起きた時に怖くなってしまうんですよね。
沖縄が基地があることでいろいろと優遇されていることがあります。
だからいいじゃないか。とはなりません。
じゃあ引越せばいいじゃないか。とはなりません。
原爆を落とされた広島も、いまの沖縄も
戦後68年経っても苦しんでいる人がいます。
その方々の気持ちを100%理解するというのは難しいと思います。
でも、その歴史を忘れずに気持ちを寄り添わせる日というのが大事なんだと思います。
記念日というのは「今の己の心に言い聞かす」って書くんですね。
だから大事にしていきたいですね~。
ヘリコプターもなんでもそうですが、活用する側によってその価値というのは
良くも悪くもなります。
言葉のようなものですね。
活用する側によって、どうにでも捉えられます。
さて、メカルの言葉はどんなふうに活用されて受け取られているのでしょうか?
そんなのどうでもいい(笑)
受け取る側が勝手に考えればいいですね。
だってまぁそこまで影響力のない自己満足のブログですから(笑)
いつもそう思っています。
何かを考えるきっかけになればいいなぁって。
さて、明日はトレーニングマッチ。
もしもはなくて、もう一度もなくて、巻き戻しもできない。
そんな一日を楽しく過ごせたことに感謝☆
ただ、これだけは言わせてくださいよ。。。
いまね、近くでダンスフェスティバルがやってるらしいのよ。
その団体がホテルに泊まってるのよ。
おとといは12時過ぎても外で騒いでるし、
今日の朝なんて4時過ぎから楽器ならしてるんだけど・・・
睡眠、大事なんですけど・・・(笑)
2010/8/6のメカル
塩谷先生に出会った記念日でしたね☆


画像はあこがれの恩師ね☆

あと、関東、名古屋の大雨。心配だけど、大丈夫ですか?
無理はしないで安全第一ですよー!!
山の中をランニング

1周アップして100-120mくらいの登り坂を8本2セット

ウエイト 12回4セット

5キロのダンベルを持ってシングルスクワット。片足は椅子。

ベンチ

バタフライ

シッティングロウ

ラットプルダウン

アップライトロウ、チェストプレス、ショルダープレスを10回ずつ3セット

オーバーヘッドプルオーバー

終わり

午後

二人組でメディシンとノーマルボール二つでランパス

☆対人パス

・メディシンを使ってノーマル、ジャンプパス

・プロンジョンの体勢から前のつま先タッチしてからパス

・地面に置いたボールを下手で投げる

・バウンド、ランニング、ジャンプ、ノーマルパスの競争

☆キーパー

・サイドと45

45にパスしてサイドは切っていく。逆の45からもらってシュート

45はフェイントからパス。

45はお互いにパス交換からパス。

45はパス交換後、リターンパスからパス

☆6:5のDF

センターきりからダブルポストを逆のサイドがけん制かけて守る

☆二人組でランパスから

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コメント

  1. カチン東風平 より:

    右の東江さんは真栄城功子~の旦那ねぇ!?

  2. クマ より:

    おばんです☆
    正直、焼け野はらになった日本はあまり想像できなかったけど、東日本大震災の後に大船渡に行って、こんな感じだったんだうと思いました。
    どうすればいいのかわからない想いとどうにかしなければならない想い、そんな中、生きていかなきゃいけない…戦争の後の日本の復興を考えればまだ2年半なのかもう2年半なのかはわからないけど、日本は大丈夫だと思ってしまいます。
    たくさんの悲しみの後にはきっと…と、信じたいですね☆

  3. meka より:

    カチン東風平さん
    そうですよ~。
    今も昔も変わらないお顔の東江さんです(笑)
    クマさん
    メカルも被災地に行った時にそう思いました。
    こんな風に何もないところから始まったんだろうなぁと。だからこそ、先人たちの取り組みというか生きる力というか。。。
    当時の沖縄なんてアメリカだから政府なんてあてにできないし、
    本当にどうしようもない状況だったんだろうなぁと思いました。
    きっと、絶対復興しますよ☆